そのときは彼によろしく


私には長年同居人というものがおりまして、今日はそんな彼にまつわる話をひとつ。
先日「飛龍伝」という私が現在演出協力している稽古の後、その現場の出演者たちと軽く一杯引っ掛け、ほろ酔い加減で家路に着くと・・・
「あれ? ドアが閉まってる。しかもご丁寧にドアチェーンまで」
すかさず私は中にいるであろう同居人にメール(電話でないところがまた私の弱い所)
「稽古終わったんだけど、どっかで時間潰してきたほがいい?」
「うん。」
「分かった。」
「大変だね。」(お前のせいだろ)
「まぁ別に・・・」
つい最近、彼には一回り歳の離れた恋人が出来たばかりである。
私は近所にある閉店間際の書店に駆け込み、時間潰しのアイテムを探した。そんな時、同じ3LDKのメンバーである上田氏のある言葉を思い出したのである。
「そのときは彼によろしく・・・いい本だから読んでみてよ、絶対気に入るって!!」
そしてその言葉に導かれるように、平積みされていた「そのときは彼によろしく」を手に取り、ついでといっては申し訳ないのだが「弘海 〜息子が海に還る朝〜」という同じ市川拓司氏の著書を持ちレジカウンターに向かったのである。しかしながら、何故か分からないのだが(時折こういう自分でも理解しがたい行動に出ることがある)他にも読む本を探している私がそこにはいた。
結局私は、市川氏の著書2冊と鴨志田穣氏著「日本はじっこ自滅旅」水野美紀さんのエッセイ「ドロップ・ボックス 」吾妻ひでお氏の漫画「失踪日記」という以前から購読しようと思っていた計5冊を購入したのだった。本当にこういうときの私は暴走気味というか無謀というか何も考えていないようである・・・
その本達片手にその隣にある居酒屋へと足を向ける。人の出入りが一番少ないカウンターの袋小路に陣取り、おもむろにビール1杯無料のクーポン券を店員に渡す。そして目の前にあるメニューを開きもしないで数種類の摘みを注文し、私は「そのときは彼によろしく」の世界に突入していったのである。
これから読まれる方のために内容には触れないでおくが、私的には非常に満足な1冊であった。途中中だるみしそうな箇所もみうけられたが、それを差し引いても満足のいく作品であったことには間違いない。
好きな本、好きな酒、誰にも邪魔されない至福の時間も店の閉店と共に終わりを告げ、私は恍惚とした表情で家路へとついた。
「さて、これからどうしたものか・・・」と思いながら、とりあえず再びドアを開けてみる。しかしそこにはすでに彼女の姿はなく、彼も静かな寝息を立てていた。それはそうかもしれない。幸福な時間は過ぎるのも感じるのも早く、すでに最初の帰宅から5時間程が経過していた。
そして私は彼を起こさぬようパソコンのモニターの明かりを頼りに再び本を開き、帰り際購入してきた缶ビール片手に再び夢の世界へと舞い戻っていった。
                     
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そんな彼も明日出て行く。(これで何度目かはもう覚えてはいないが・・・放浪癖のある彼は、何故かは分からないが何度となく舞い戻ってきていた)新しい彼女と彼女の愛犬2匹と新しい生活を始めるためである。こういう時の彼の行動力は凄まじいの一言に尽きる。私も見習いたいものだが、引っ越すと決めてから数日(実際はもっとだろうが)のうちに色々なことを進めてしまった。また同じことを繰り返さねばいいがと少し心配なところもあるが、どうやら今回は今までとは少々違うようである。そこで彼女にも引っ越し祝いとして一言贈りたいと思う。
「そのときは彼をよろしく」
・・・ってダジャレじゃ〜ん!!  まぁそれはさておき、そんな13年来の友人である彼と彼女の新しい生活に幸あらんことを願って止まない。幸せとは指の間から零れ落ちてしまうほど不確かで、でも誰もが掴みたがる素晴らしいものであるようだから。


  • ちなみに我らが3LDK(http://3ldk.luck.jp/)の方も宜しくお願い致します。

   是非一度、気軽に遊びに来て頂ければ幸いでございます。